2014年09月17日

【第9弾】西田 和生さん★会員スペシャルインタビュー

先日おこなわれました「地球温暖化」の講演(兵庫県三田市)が
大盛況ぴかぴか(新しい)だったという西田さん。
その素顔に迫るべく、このたび、
インタビューさせていただくことにしました。
(平成26年9月6日実施、聞き手:仁保めぐみ【広報担当理事】)

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Q:なぜ環境カウンセラーになったのですか。

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直接の動機は、社会教育の分野のことをやってみたかったから。
大学を出てから40数年、ずっと学校教育に関わっていました。
兵庫県内の公立高校の教師・校長から
国際環境専門学校理事・校長までね。

Q:学校教育では何を教えておられたんですか?

物理です。

後で知ったんだけど、理科の教師をしていたら、
環境カウンセラーの受験資格要件はクリアしているわけで....。
もっと早く取れたんだけど(笑)。

平成14年に環境カウンセラーの制度ができるというので、
学生の取得する資格として使えるかどうかを調べるために、
大阪まで説明会を聞きに行ったんです。

そのときは5年以上の経験がいるということで、
私自身は受験の資格がないと思ったんです。

Q:そうですよね。この制度、なかなか認知度が(笑)

65歳くらいになった時に、
これ(学校教育)だけで終わっては駄目だと思った。
自分の体が動くあいだに「何かしないと」と退職しました。

環境の専門学校に5年勤めたから受験資格ができ、
「自分ができることに、ちょうど向いているな」と思って
申請したんです。

申請書類を取ってみると、
「理科の教師は・・・」というのがあり、
それならもっと早く取れたのに・・・。
後の祭りですね(笑)

Q:受験の論文の課題って覚えてますか?

「自分が環境に携わってきたこと」と、
「環境カウンセラーになったら何がやりたいか」だったと思う。

Q:職業で先生をされていたら、論文なんてお手の物ですよね(笑)

いやいや、そんなことは、ないんだけれども。
環境に携わった実績だけはあるし、やりたいことは社会教育。はっきりしていたから、そんなに苦労はしませんでした。

Q:合格されてからどんな活動をされていますか?

最近でいうと、社会教育の分野では、パソコンを教えていますよ。
近くに学校厚生会の事務所があって、そこを借りて、昼間にね。

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ワード、エクセル、写真の編集、音楽のダウンロード、絵を描くなど、
パソコンでできることは何でも。
ただ、最近、「作曲をやりたい」というリクエストには・・・。
作曲は自分がセンスないからちょっとね・・・(笑)

Q:パソコンのことを何でも教えていただけるんだったら、
学びたい方が多いのでは?


そうですね。
この間も「そろそろ年賀状を」とリクエストがあってね。
どこかからコピー・アンド・ペーストで持ってきても
できるんだけれど、
自分風のオリジナルな年賀状を作る方がいいかなと思って、
写真を加工して油絵風にしてみたり、
レイアウトも縦書きをちょっと入れてアクセントにしたり。

生徒さんはそれぞれ趣向を凝らしたものに仕上げていますよ。

Q:油絵風?発想がすごいですね!西田さんは絵も・・・?

いえいえ、全然センスないんです。
でも音楽よりはマシかな(笑)

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あとはね、学校教育からも完全には足が洗えなくって、
中学校から頼まれて、作文の添削をしたり、
公立高校の面接のアドバイスをしたりしています。

Q:面接官へのアドバイスですか?

いえいえ、生徒たちの。

将来、
「環境分野において、世の中で役立つような仕事をしたい」と考えている生徒に対して、
公立高校の面接でどのようにその気持ちを話すかのアドバイス。
環境カウンセラーの視点からできるからね。

中学生ぐらいだと、漠然と考えていることはあっても、
その思いがはっきりしていないし、十分に伝えることも難しい。
環境の分野は広いから。
生徒には、もう少し掘り下げて・・・と、思いを聞いてみる。

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「生態系がやりたい」と聞けば、
「こういう大学があって、こういう研究をしていて」
高校を卒業してからのビジョンなどのヒントも教える。
「だから高等学校では、こういう勉強をした方がいいよね。」
勉強する意味も理解してもらいながら。

Q:環境カウンセラーとして、また、西田さんのご経験から
言える話ですよね。環境に関心を持ったエピソードは?


私が20代、30代の頃、山岳部の顧問だったんですよ。

Q:おぉ、学生の頃、山岳部におられたんですか?

いえいえ、教師になったら、
何か部活動の顧問をしないといけない、というか
嫌でも何かさせられる(笑)

夏休みは男子を連れて10日間ほど、いったん帰って、
またすぐに女子を連れて1週間ほど。
毎月、1度は訓練合宿などずっと引率していましたね。

その中で環境省が高山植物の保全のため、
テントを張る場所を指導していて、巡視員も回ってきてたんですよ。
そうなると高山植物にも興味がわきだして・・・。

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人が歩いたあとに踏み跡ができて、
そこが次第にえぐられていく様子を見て、
人が自然を壊しているのを目の当たりにし、
自然保護の気持ちが芽生えたり。

ほかには、40歳のとき、
家内に連れられて始めたスキューバダイビング。
3級かわいいの資格も取ったんですよ。

ただ、資格を取る時に、
垂水漁港でマスクを外して裸眼で泳がないといけなかったのに、
すごく海が汚れていて、

「魚一匹もいないのに、何で顔付けて泳がなあかんねん!」

と顔を上げて泳いでいたら怒られて・・・。
あの頃の垂水漁港はヘドロの海でしたね。
資格をとってからはハワイ、沖縄とダイビングに行きました。

Q:取ってすぐ、ハワイ・沖縄ですか!すごい!

沖縄には何度も行きましたが、30年余り前の真栄田岬は、
まるで竜宮城かぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)プレゼントと思えるようなきれいなところでしたね。
色とりどりの魚や大きなシャコ貝などがたくさんいて、
シャコ貝には挟まれたら大変!と思いながら潜っていました。

ただ、リゾート開発が進むにつれ、サンゴに影響が出てきました。
15年ほど前に修学旅行で沖縄に高校生を引率したとき、
サンゴが死んでるんですよね。
生きたサンゴがいない死の海。

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せっかく沖縄に来たのに、この子らかわいそうやなと。

そういう思いから気づきを・・・
たくさんの方に経験してもらいたいです。

Q:専門学校ではどうでしたか?

今から12年前くらいの話ですが、
その頃はこういった環境の専門学校がそこしかなかった
専門学校では校長だったので、
学生と直接、接することはあまりなかったんです。

入学式や卒業式で環境の話を交えたとき、

「校長先生、今日の話良かった!」

と言われたら、
「そう言ってくれてよかったな」と嬉しくなりました。

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ただ、環境専門の学校ですから、学生たちは熱かった。
日本全国から入学してくる。
四日市ぜんそくやイタイイタイ病など
公害で親などが大変だったことを聞いている。そういう人なんかがね。

それに、就職の氷河期だったんで、
大学の・・・・
そう、例えば修士課程が終わったけど、
就職先が決まっていない人も来ていました。

彼らは下地があるので、環境計量士など
一発で合格するんです。
それで、面接に行くと、
「明日から来てくれないか」と就職もすぐに決まる。

その都度、先生方は喜んで拍手ですが、
後期の授業料が入らなくなるので、
経営者としては微妙たらーっ(汗)だったと思います。

環境専門学校の目標は、資格をたくさん取得させる
計量士、水質、大気など公害防止管理者など。
特に、浄化槽関係の資格は需要が多かった
企業では管理者を置かなければならないので、
卒業生は、即、使える人材になる。

授業は分析が多かった。
当校は、様々な分析が経験できる環境で学生に学ばせていた。
大学では深くは学べるが、そういう経験をする機会があまりない。

Q:最近の子供が理科嫌いと言われていることについて、どう思われますか?

僕は、よく実験をさせたんです。
自分の高校時代では、化学の実験はあっても
物理の実験などは、させてもらえなかった。
それには結局、先生の姿勢もあるが、
当時の高校に機材が揃っていなかったのも原因かな。

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教師になった頃、PSSC*という
アメリカの団体が開発した器具を参考に、
教材を手作りして実験させるのが流行っていたから、
僕もいろいろ作りましたよ。

* 1956年に、MITのジェロルドザカリヤと
フランシス•フリードマンを中心とする
大学の物理学教授や高校の物理の先生のグループが、
物理学の入門コースの授業を改革する方法を検討する
物理科学研究会(PSSC:Physical Science Study Committee)を
立ち上げた。


Q:覚えておられる実験ってどのようなものですか?

2番目に赴任した高校が新設校だったので、器具が何もないがく〜(落胆した顔)
比熱なんかの実験をさせたいと思っても熱量計がない。

ちょうどその頃カップラーメンが出回っていたのだが、
その容器は断熱容器でしょ?
だから「来週までにカップラーメンをたべた人は
空いた容器を持ってくることexclamation」と指示して、
それを使って、非熱の測定などさせていた。

母親に「カップラーメン食べたい」、
「実験に使うから」と用意してもらって(笑)
整った器具を使うより、その方が生徒も記憶に残る。

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反省することもある。
もう少し、その時代に
「原子力のことを教えていたら、よかった」
ということ。

原子力はカリキユラムの一番最後で、
「平和利用」としてちょこっと教科書に載ってただけ。
「危険だよ」ということは教えていたけど、
後々、福島のようなことが起こるとは思ってもいなかった。
そのあたりをもう少しちゃんと教えといたらよかった。

「核物質というのは危険なんだよ。
ウラン238などは、半減するのに
地球ができてからいままでと同じくらいの時間、
45億年もかかる。」

そんな話はしていたのだが。
もうちょっと深くやっておくべきだったと反省しています。

Q:どういう環境問題に関心がありますか?

専門学校にいるとき、
「PM2.5が注意喚起しないといけない物質である」
環境の専門雑誌でとりあげられていました。
そう考えたら、その頃少し話題になりかけていたものが、
今、大きな話題になっていることもある
んですね。

ちょうど日本で30〜40年前に問題になっていたことが、
中国で、現在、問題になっている。

20年前に話題になっていたことが、いま
韓国で話題になっている。

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日本も昔はひどかった。
僕は神戸の家から勤務先の西宮の学校まで
六甲山を越えて行っていたんだけど、
冬、大阪平野を見たとき、スモッグが町を覆ってるんですよ。
眼下に。

その中で排気ガスの温度が高い煙突からの煙だけは、
スモッグの上に立ち上っていて、
弱いのは下に溜まっていて。
グレーというか、薄茶色というか。

モヤぁっと。

車に乗りながら

「あの大気の下に仕事にいくんだな」と。

見えているからこそ、汚いのがわかる。
その中にいる人にはわからない。
お正月明けはきれいんです。企業が休んでいたから。
きれいなときは、紀伊半島まで見えていましたよ。
ああ、人間はそんな汚いところに住んでいるんだなと

大阪から九州にいく客船があって、時々、
それに乗って神戸まで帰ってきたことがあったんです。
尼崎の沖合にさしかかると、海水が墨汁の色でね、黒いんです。

海が真っ黒。

この海水から墨汁が作られるのかと思うくらい。

そんなところでは生き物は住めない。
そこに注ぎ込む、当時の神崎川などは、
企業や家庭からの汚水が流れ込む大きな「ドブ川」だった。
汚くまた臭かった。

神戸電鉄の横の川でも、泡が飛んでいた。
合成洗剤で泡立ちのいいのというもの。

アルキルベンゼンスルホン酸塩系のすごいの。

それはもう、すごかったですよ、
風に乗って泡が飛び回っているんですよ。
昭和の40年代、50年代はひどかったですね。

現在問題になっているPM2.5には、
中国だけでなく国内産もあると思う。
一見、国内の大気はキレイに見えているけど、
小さい目に見えていないものはたくさんある。
そういうところを啓発してくのも我々環境カウンセラーの使命。

Q:環境に興味をもたせるには、どういうことから始めますか?

「山へ登って気がついた」、「海に潜って気がついた」、・・・、
子供たち一人一人の体験がモノをいう。
それには、大人の手助けが大事。
子供に正しく教えられたら。

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もうひとつ心配が。

小学校の先生で理科が好きだったという人は少ない。
小学生の時から理科は大事。
先生自身が経験していないから、それこそ、
自身の授業でも実験などしたことがないという先生が結構多い。

本の通りにすすめて「授業終わり」といえば、子供たちも気づきがない。
これは、教育の由々しき問題。

小学校は一人の先生が教えるから、これは困ったことです。
子供たちの気づきを応援できるような活動をしたいですね。

Q:西田さんは教えることが好きなんですね。

そうかも知れませんね。
環境問題はたくさんあるから、
何を求められているかを聞いて、それで話しましょうかと。

講演では、「今、分かっていることはこういうことですよ」と
最新の情報をもって話します。

例えば、

“二酸化炭素の排出は、二酸化炭素は安定だから、
仮に排出をいま止めても
明日、明後日に解決するという問題ではないですよ。
みなさんの孫、ひ孫・・・とずっと先になる。
みなさんは排出をやめたらすぐに
温暖化がストップすると思ってるでしょ?と。

最近、深海の海水の温度が急激に上がってるんですよ。
深層海流は地球を一周するのに
2000年とも3000年とも言われているので、
影響が何千年か先まで及ぶ。
「二酸化炭素の排出を抑えるには、
呼吸も2回に1回にしましょうね」


などと冗談も(笑)

先日の講演会では資料中に「デング熱」のことも入れて
「今に日本でも流行りますよ」といったとたん、
話題になった。

「きたっ!」

思いましたね。

Q:西田さんは聴講者へのサービス精神が旺盛ですね。

遠くからわざわざ来ていただいた方々に
「あぁ、来てよかった。」
思ってもらえる講演を常に心がけています。

Q:それは何かご経験からですか?

高校生なんか話がつまらんかったら寝てしまう眠い(睡眠)
身にしみて感じますね。
先生は絶えず生徒から評価されているんですよ。

Q:そういう場合、どうされるんですか?

そうならないような話題を考える
だけども、ざわざわしてるときなんかは
1〜2秒話すのを止める。
そうするとね、不思議なものでみんな見るんですよ。

Q:そういう技があるんですね。

あるんです。

聴いてほしければ黙る。
3秒も黙っていたら、みんな
「どうしたのかな」と不思議そうな顔で絶対見る(笑)

それも、一番ショックだったのが、工業高校・・・・あせあせ(飛び散る汗)

ある科では、僕が話ししだしたら
5分も経たないうちに全員寝てしまった、いや、
委員長だけは聴いてくれていたかなふらふら

ショックだったので対策を考え、
次の時間、僕が質問したことに挙手をして答えたら、
答えた内容によって点をあげる
答えが間違ってもいい考え方だったら評価すると言ったんです。
そしたら小学生みたいな授業になった。
みんな

ハイハイハイハイって手(パー)手(パー)手(パー)手(パー)

寝る子がいなくなった(笑)

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しばらくすると、
「先生、点つけてるって嘘ちゃう?」
「つけるフリちゃう?」
と言われることもあったので、
「君はいついつこういう発言をしたね」と点数をみせると
「ちゃんとついてるわ」って。

ある生徒から学期末に、
「先生、僕、今まで4貰ったことないねん。
4つけてくれてありがとう。」
と廊下で礼を言われた。
「君はよく発表した。質問にも答えられて偉かった。
次もがんばりや」
というと嬉しそうでした。

大体、学校の先生は減点主義。
でも、寝られないようにするにはと考えて、僕は加点式にした。
別に100点超えてもかまわない。
全員に寝られる方がショックだから。

学生もこの先生はどんな人かよく知っている。
まず、先に試しますね。
試して駄目だったら「こいつは実力ないな」って。
次からは信頼してくれない。

生徒が聞いてくれなかったら、どうしたら聞いてもらえるか。

この経験がいい勉強になりました。
興味がないのを、どうやってこっち向かすか。
こうしたらどうやろうって試す。
そうすると、みんなが小学生みたいに素直に手を上げる。

手を上げたけど答えられない生徒もいる。
手を挙げた子には、
「積極性を買う!1点!」と言ったら
みんな手を上げるようになった(笑)

Q:そういった授業はいまでも生徒の思い出に残っているかも知れませんね。
自己主張、発言力・・・大人になって求められる力です。
生徒さんもいい先生にめぐりあいましたね。


僕はね、
100人生徒がいたら100人ともそれぞれが良いところを持っているから、
その良いところを伸ばしてあげないといけないと思っている。

学校教育でも同じ。
だから、いつも同じ教育をするだけではいけない。
自分たちが習ってきた勉強を教えるのではなく、

その子供たちが伸びるような・・・・

世の中で生かせるような教育をするよう心がけないと。

教育内容を変えない方が安心、楽という姿勢ではダメ。
時代の流れで柔軟に変えていかないといけない。

教える側はいつも、先を見据えて準備しておくことが大事ですね。

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【西田 和生さんプロフィール】

昭和16年10月 神戸市で生まれる
昭和40年3月 神戸大学教育学部卒業
昭和40年4月 兵庫県立三木高等学校 着任
昭和47年4月 兵庫県立西宮北高等学校 着任
平成4年4月 兵庫県立尼崎工業高等学校 着任
平成9年4月 兵庫県立神戸高塚高等学校 着任
平成14年3月 兵庫県立神戸高塚高等学校校長 退職
平成14年4月 国際環境専門学校 理事・校長
現在、同校(校名変更して、現在は環境学園専門学校) 名誉教授

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【インタビューを終えて】

「はい、名刺(笑)」

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西田さんにお会いしてすぐ、
尼崎倶楽部(昭和58年、尼崎産業界を中心とした各方面の方々の交流の場)の
「朝食会」で講演されたときの冊子
(平成15年8月20日「演題:21世紀の新しい教育」)をいただきました。

こういう先生のもとで学んだ生徒さんは、
きっとこの先生を忘れないでしょうね。
生徒さんとのエピソードには思わず
じーんもうやだ〜(悲しい顔)としてしまいました。

私たち環境カウンセラーとして、環境啓発をしていく上で、
伝える技量と最新の知識、聴講者への配慮というものはかかせません。
「力量向上」とはまさしくこのことです。

これからもご指導よろしくお願いいたしますわーい(嬉しい顔)

posted by ech28-5 at 20:41| 日記